2007年03月23日

タイムスリップ その5

ここまで建物ばかり紹介してきたので、今日はちょっと違うものを紹介したいと思います。

07_03_23.jpg

かの有名な境浦海岸の沈船です。その名を「浜江丸(ひんこうまる)」と言います。第二次大戦時に座礁した貨物船で、この写真はおそらく昭和50年頃に撮影されたものと思われます。

写真では、海岸から遠く離れた沖合いに座礁しているように見えますが、境浦海岸は遠浅なので、干潮時であればかなり近くまで歩いて行くことが出来ます。沈船のそばに人がいるのがおわかりいただけますでしょうか?海岸から見たほうがその近さがわかりやすいですね↓

07_03_23b.jpg
(写真提供:観光客Hさん)

戦後60年以上経った現在では、この写真の面影は全くありません。鉄の残骸がわずかに海面から顔をのぞかせているだけで、この物体が船だった事実は消え去ろうとしています。時の流れと言ってしまえばそれまでですが、先に紹介したラドフォード同様、ランドマーク的な存在だっただけに残念でなりません。

余談ですが、昔から「境浦の沈船」と呼ばれてきましたが、よく考えてみると「境浦の座礁船」ですよね?まぁ現状は沈船ですが。


【3/23の島内行事】
・平成19年第1回村議会定例会
・(新)興洋の一般公開(父島)
・電話による無料法律相談
posted by ちちぺん&ぽーとろいど at 09:00| Comment(2) | 小笠原の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私が「境浦の沈船」を最初に見たときには、甲板に大きな木が生えていて、船腹に大穴があいていましたから、この写真より数年あとであるはずです。
甲板には女の子でも簡単に登ることができましたが、波が当たるたびに、鉄板がぎしぎしと音を立てていたので結構こわかったのを覚えています。
Posted by ペーパーリピーター老人 at 2007年03月23日 10:35
>甲板に大きな木が生えていて

モクマオウが生えていました。

>甲板には女の子でも簡単に登ることができました

当時子供だった私でさえ登れました。

余談ですが、境浦といえば沈船ばかりが有名ですが、山には墜落した飛行機の残骸が残っています。また戦時中には軍の病院がありましたが、空襲を受けて長谷(野戦病院跡)に移転したそうです。
このような戦跡は境浦だけに限らず、島の至る所に残されています。ご来島されたらぜひ一度は戦跡ツアーも体験なさってみてくださいね!
Posted by ちちぺん at 2007年03月25日 10:00
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